小説3―紫陽花通りの遺言

Posted by いそぎんちゃく on 2025/03/14

以下は続編となる新しい展開です。前回の「紫陽花通りの残響」の余韻を引き継ぎながら、物語をさらに掘り下げていきます。



第一章:消えた紫陽花

それから数日間、僕は紫陽花の花を手にしてただぼんやりと過ごしていた。紫陽花通りの出来事が現実だったのか、それとも夢の中で見た幻想だったのか、自分でも確信が持てなかったからだ。

手にした紫陽花は、枯れることもなく鮮やかなままだった。その花を見つめるたびに、彼女の言葉や微笑みが思い出され、心に奇妙な感情が湧き上がってきた。

そんなある日、仕事を終えて帰宅すると、机の上に一枚の封筒が置かれているのを見つけた。差出人の名前は書かれていないが、封筒の縁には紫陽花の紋様が刻まれていた。それはまるで、あの通りからの招待状のようだった。

中には短いメモが入っていた。

「再び紫陽花通りへ――鍵はあなたの手の中にある。」

僕はその一文を何度も読み返した。手の中にある鍵。それが何を意味しているのか、すぐにはわからなかったが、紫陽花通りが再び僕を呼んでいることだけは確かだった。


第二章:もう一度、通りへ

次の休みの日、僕は再び紫陽花通りを訪れる決意をした。雨は降っていなかったが、空には鈍色の雲が広がり、街全体がどこか不安定な雰囲気を漂わせていた。

通りに足を踏み入れると、前回とは違う何かを感じた。店先に並んでいる雑貨や古びた看板は同じなのに、通り全体が静まり返っている。人影はなく、まるで誰かに見られているような感覚が背筋を刺す。

再び「残響堂」を訪れると、店内には以前の店主の姿はなかった。その代わり、奥の棚に一冊の古びた本が置かれていた。表紙には何も書かれていない。僕がそれを手に取ると、ページの間から小さな鍵が落ちた。

その鍵には、紫陽花の模様が彫られていた。これが「手の中の鍵」なのだとすぐにわかった。


第三章:鍵の行方

鍵を手にした僕は、紫陽花通りをさらに奥へと進んだ。前回訪れた時計塔が再び現れると、その横に古い石造りの門が立っていることに気づいた。門には小さな錠前があり、その形状は僕の持つ鍵と完全に一致していた。

錠を開けると、門の向こうには霧が立ち込めた森が広がっていた。鳥の声ひとつ聞こえない静寂の中、僕は足を進めた。道なき道を歩いているうちに、やがて一軒の屋敷が現れた。その屋敷の扉には、またもや紫陽花の紋様が彫られていた。


第四章:屋敷の中の真実

扉を押すと、中は薄暗く、古い家具や書物が埃をかぶったまま放置されていた。誰も住んでいないはずなのに、どこからか足音のような微かな音が聞こえた。僕が音のする方へ進むと、大きな暖炉の前に一人の女性が立っていた。

「来るのを待っていたわ。」
彼女の声は、あの紫陽花通りで出会った彼女のものだった。だが、彼女は前回会った時よりもどこか疲れた様子で、目には微かな影が宿っていた。

「これは何なんだ?なぜ僕はここに呼ばれた?」
僕の問いに、彼女は穏やかながらも少し冷たい口調で答えた。
「ここは、私たちの記憶が集まる場所。そして、あなたにはその記憶を解き明かす役割がある。」

彼女は暖炉の上に飾られた古い写真を指差した。その写真には、彼女と見覚えのない数人の人々が写っていた。彼女はその写真を手に取り、静かに語り始めた。

「これは、この屋敷に住んでいた人々の記憶。彼らは皆、紫陽花通りに何かを残していったの。」


第五章:紫陽花通りの遺言

彼女の話を聞きながら、僕は少しずつその場所の秘密に気づき始めた。この屋敷は、紫陽花通りを訪れた者たちの記憶が集まる場所だった。彼らの未練や後悔、そして叶わなかった願いが、この場所に留まり続けている。

「ここに来た人はみんな、何かを探しているの。そして、その答えを見つけた時、自分の道を決めるのよ。」

僕が写真をじっと見つめていると、彼女は再び紫陽花の花を手に取り、僕に差し出した。
「あなたも選びなさい。この記憶を受け入れるのか、それとも忘れて前に進むのか。」


終章:霧の中へ

僕は紫陽花の花を受け取りながら、自分の過去やこれまで避けてきた記憶を思い出していた。それは、何かに背を向け続けていた自分自身への問いでもあった。

屋敷を出ると、再び霧の中に足を進めた。後ろを振り返ると、彼女の姿は既に消えていた。だが、手にした紫陽花の花は、これまでよりも鮮やかに輝いて見えた。

そして霧の向こうに広がっていたのは、見慣れた紫陽花通りだった。雨が止み、通りには再び人々のざわめきが戻っていた。僕は静かにその通りを抜け、自分の未来へと足を向けた。


あとがき
この物語は、選択と記憶、そして再生をテーマにしたものです。紫陽花通りが次にどんな物語を紡ぐのかは、あなた自身の想像に委ねられています。